大学2年生の頃、当時4年の偉大なカリスマ先輩崇さんにこう言われたのが印象に残っています。
「俺は、もう一度一年生をやり直せるってなったら『またラクロス部に入りたい』と思えるように過ごしてる。」
当時この話をアツく語られた時は、俺には無理かなぁ、と思っていました。一年間所属しただけで毎朝の起床はきついし、遠征時の物品はだるいし、冬の朝練は地獄だし。「ラクロス部を辞める」という選択肢はこれまで出てきたことはなかったけれど、大学4年間継続するだけで十分だと感じていました。しかし当時この話をする崇さんの目は、憧れと羨望の想いで溢れていたように感じます。そのため、自分も引退するときにはそんな風に胸を張って引退したいなと思っていたら、気づけばもうそんな時期になっていました。過ぎていく日々の重さに気づいたとき、自然と残りの日数を惜しみながらも前へ進む決心がつきました。
2025シーズン学習院大学輔仁会ラクロス部男子主将を務めてさせていただいております、4年松本恭輝と申します。
日頃から弊部へのご支援、ご声援を頂いておりました保護者の皆様、OBOGの皆様、学校関係者の皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます。引き続きラクロス部への応援をどうぞよろしくお願いいたします。
私からは4年間の振り返りと、今後のラクロス部に受け継いでほしい想いを記しました。卒論提出が残り1カ月で2万字を迫られている中、全く進んでいないのに対してこのブログ1万字を一瞬で書き終えてしまったのはそれだけ思い入れが強かったのだと思います。哲学科きついです。長くなるので、時間のある時にぜひ読んで下さい。
私は入学する前からラクロス部に入ることを決めていました。もともと中・高どちらもハンドボールをやっていて大学でも続けるつもりでしたが、事前のリサーチで学習院のハンド部があまりに成績が悪く、そして熱量もなかったので、強い団体に所属したいという気持ちと、高校の先輩が何人か「ラクロス」というスポーツに転向していたのをきっかけにそこから興味を持ち始め、入学する頃には入部を決心していました。
入学して早々学部の友達と新歓をまわっていると、桐井という男が話しかけてきました。
「ねね、昨日アメフトの新歓にいたよね?」
話を聞くと、内部生だけど内部生は新歓で固まりがちだから、それが嫌で一人で話しかけてくれたらしい。驚きましたが、素直にうれしかったです。まさかあの時の桐井君が今ではチームを引っ張るエースで、こんなにも打ち解けられるなんて思ってもみませんでした。
そこから修吾さんのパッパラパーな説明会や武尊さんとの卯月で米粒めちゃ残しながらの食事会を経て入部しました。同期も多く、180㎝越えが3人もいて、経験者もいる。こんなに恵まれた環境で活動できることに期待を膨らませていました。
しかし、クロスという道具を駆使するスポーツはこれまでずっと素手でやってきた自分にとって非常に難しかったです。そのためクレードルもぎこちないし、持ち替えで毎回落としてばかり。ハルさんにいつもポロリ王と呼ばれるのが恥ずかしく、でも言い返せませんでした。多分サマーくらいまでは正直ラクロスにそこまでハマっていませんでした。ハンドボールへの未練と、慣れないクロスが思うように扱えていなかったからだと思います。
そんな中、上級練に参加する機会をいただきBリーグ青学戦で3点決めれた時は最高の気分でした。(その後車の右サイドミラーを駐車でぶっ壊した話は蔵部が大好きなので入れておきます) もちろんこれで慢心したら終わる、と思いそこからさらにラクロスに熱中できたと思います。そしてその年のリーグ戦横浜国立大学戦でATでの出場機会を得れました。今考えたらやばい。上級の人数が少ないからとはいえ、まだクロス握って半年も経ってないやつが、全員4年間を懸けて戦うコートに立っている。滉紀さんは「来年以降の経験」として出してくれたと思いますが、自分は出るからには誰も期待していなくとも、絶対点とるつもりでした。結果クリア時にパス受けて、何も考えず相手陣地へ突っ込み、ダブられターンオーバー。最悪の結果にうめさんもブチギレてました。その後のタイムアウトで滉紀さんが「恭輝を見習って俺らももっと攻める気だすぞ」と言ってくれました。当時の私はその言葉で救われた気になっていましたが、翌日には自分の不甲斐なさを痛感していました。本気で自分が勝たせる気でいたし、何より技術が無さすぎることが悔しかったです。その年は自動降格という結果に終わりましたが、滉紀さんの代が掲げてくれた「3年後日本一」という目標を果たしたいと強く感じました。
翌年「一部奪還」を目標に始まった芝山組では、またもや上級の人数が少ないことから1stセットのMFで出場できました。この辺りから後悔していることが一つあります。それは言語化をサボっていたことです。これは一年の時にコーチから散々言われてきたことでしたが、「自分の練習や努力を人に見せるのはなんか恥ずかしいし、そもそも努力は人に見せるものではないよなぁ」のような感じであまり乗り気ではありませんでした。今思うと本当にやっておくべきだったと思います。そもそも言語化は自分のアピールというより、考えを整理、記録することで上達するには必須の行動でした。そしてそれを共有することで周りにもその考え、モチベーションを伝染できます。いまの丞なんかはその模範解答と言えるでしょう。後輩のみんなももし抵抗がある人がいるならその殻を破ってみてください。きっと力になります。そんなことがありながらも自主練は欠かさず行っていました。チームとしては予選2位通過、入れ替え戦への切符を掴みました。正直入れ替え戦進出は予想通りでした。自分が勝たせる、という気持ちもありましたがそれよりも当時の4年生がとてつもなく上手で、「きっとこの人たちなら勝てる」という自信があったからです。
結果は惨敗。
個人としても何もできなかった。正直何もできな過ぎて悔しいとかって感情もありませんでした。ただ試合後のスタンドへの挨拶で武尊さんが涙をこらえ、声を震わせる姿をみて、初めて悔しいと感じました。普段厳格でいつでもストイックな主将だったからこそ、その姿は意外で同時に「越えたい」と感じました。
そして自分たちが一部の舞台で戦う為には勝つことが必須条件となった24シーズン。副将にも任命され、プレーにもそして私生活にも責任感がより一層身につきました。シーズンが始まってからは負けの繰り返しで、スーパーカップも全敗を喫しました。非常に焦っていたし、何より修吾さんが日に日にしんどそうになる表情が忘れられません。この時、副将としての役割を「とりあえず来年のための勉強」くらいの認識でいたことを本気で後悔しています。主将を支えるはずなのに、主将が独りで抱え込んでいるのを見守ることしかできませんでした。修吾さんすみません。ただ当時の4年生がこの苦しい時期に一番声を出して、練習の意識から変えてくださったり、幹部のみんながコーチだけに頼ることなく、自分たちでラクロスを考えるようになったことを皮切りに、練習の強度が1,2段階上がり、リーグ戦では1位通過を果たしました。2年連続入れ替え戦進出を果たし、昨年歯が立たなかった一部校のレベルの高さを知った上で臨む今回こそは勝てる、そう思っていました。
「1部の壁は高かった」
その一言に尽きます。結果だけ見ればサドンデスまでもつれ込み、あと一歩のところでの敗戦。「惜しかった」「感動した」たくさんの声をいただきました。しかし能力的には勝っている場面はあったものの、ゲームの流れがあるうちに決めきる勝負強さや、停滞しているときに一人で状況を打開するメンタリティーと判断能力などが相手の方が一枚上手だったと思います。これまで1部リーグに君臨し続けた場数の違いを感じました。
そして何より、負けが決まった瞬間に感じた事は「またここまで戻ってこなきゃいけないのかぁ」という長い道のりを予感したことによる絶望です。特にこのシーズンは負けることが多く、非常に苦悩の連続だったので余計に重く受け止めてしまいました。リーグ戦も自力での一位通過とは言えない厳しい状況だったので、それをまた一から立て直すことが余儀なくされた瞬間は途方もないように感じました。例えるなら、1,000個のドミノを完成間際の999個のところで崩してしまった、そんな気分です。ただ我ながらすでにこの時から次のことに目を向けられていたのはよかったと思います。そうでなければいつまでも引きずってしまい、新シーズンで良いスタートを切れなかったと思います。
そして負けが決まり、少ししてから感じた事は、先輩の晴れ舞台を成功に導けなかったことです。昨シーズンの時点では、自分が何もできずチームとしても大敗したことでそんなことすら考えられませんでした。この時は、副将という立場でシーズン通してたくさん迷惑をかけ、そして頼りない姿ばかりを見せてしまった4年生に恩を返したかったし、活躍して勝利することで安心して引退してほしかった。それが叶えられず、ただただ申し訳ない思いでした。人生で初めて試合後に泣きました。それくらい当時の4年生には笑って引退してほしかったです。
ラストシーズン開幕。最上級生として主将として、周りの同情や心配の声とは裏腹に、かなり楽しみでした。これまで学年幹部から副将を経験させていただけたおかげで、組織運営に関してやりたいことがたくさんあり、それを自分の代で全部やってやろうと思えたからです。もちろんきついことも覚悟していました。武尊さんも、修吾さんも代替わり直後は練習中全然楽しそうでもなければ、いつも目が死んでた印象です。それに私は滉紀さんや武尊さんのような圧倒的実力もなければ、修吾さんのようなカリスマ性も持ち合わせていないのでどのような主将像を目指すべきなのか迷走していました。正直今でもあんまりわかっていないです。だからこそ、とにかくめちゃくちゃ動こうと思いました。
「全部自分でやってやる」
そのくらいの気持ちで取り組んでいました。もちろん組織・技術幹部ともに頼れるメンバーもたくさんいましたが、組織の構造上自分が多方面で考えることが多く、みんなラクロスに対する熱量は高いが、チームのことに対しては少しずつ熱量の差を感じ自分で抱え込んでしまうようになりました。これは当てつけや嫌味でもなく、純粋に私の運営の仕方が下手くそだったという反省と自分の完璧主義に近い性格の表れだと思います。もちろん普段からみんなと仲は良いが、修吾さんからの「主将は孤独」という言葉が理解できました。はじめからもっと周囲に頼っていればその個人がチームに目を向けてくれたり、いろんな意見を汲み取れたはず。どんどん個々の意識がチーム理念とかけ離れていく、そんな気がしました。
ある日、きっかけは覚えていませんがとある人に軽く相談をしている時、次第にポロポロと普段言わない愚痴や自分の弱み、本音が漏れていました。その時に初めて自分の長所、短所がわかった気がします。そこからはだいぶ肩の力が抜け、積極的に周りを巻き込めるようになりました。やる気のない人なら無理にやらせても続かないので、自ら取り組むような制度や声掛けをしたり、とにかく柔軟に物事を見れるようになった気がします。そもそも全部自分だけでできるわけがないし、やったところで成果はついてきませんでした。
そしてこのあたりから、先輩たちの築き上げてくれたこの組織の基盤が本当に素晴らしいものだと実感じました。もし0からのスタートであったらここまで来れていないでしょう。今年で35周年を迎えたこの歴史ある部活だからこそ先代の方たちの残してくれたものが支えとなって着実に今の勝利につながっていることをこの立ち場になって多方面で気づかされました。先ほど言ったドミノの例えも、すべて崩れたわけでなく、序盤から中盤にかけてのドミノは皆さんの手で守られていました。そのおかげでもう一度1000個目を腐ることなく目指せたと思います。必ずや1000個目を達成し、さらにその先まで続くような組織にして見せます。
話は戻りまして、春にはチームとしてもスーパーカップで優勝したり、一部校相手にいい試合をするようになり、より自信がついてきました。「自分のやってることはまちがってない。」そう証明できている気がしていました。なによりチームのみんなが楽しそうに練習する日々を見ているのが好きでした。そんな顔を見ていると最終目標に対する熱意が日に日に膨れ上がっていきました。リーグ戦も無事1位通過を果たし、残すは1戦。ここを勝ち切ることが私の最後の役目だと思っています。集客から、当日までの雰囲気、コンディションまですべて抜かりなく全うします。なのであと少し、みんなで走り抜けましょう。
ここからは来年以降に向けて。みんなに2点伝えたいです。
一つ目は、共に歩む人を大切にしてください。
わかっているとは思いますが、これだけの人数がいると必ず意見の衝突や性格の不一致などたくさん人間関係で悩むと思います。というより現時点でたくさん悩んできているでしょう。そういう時に目を逸らして向き合わないことがチームの成長を止めてしまっていることを知っておいてほしいです。プレイヤーが本気で日本一を目指している中、スタッフも同じ熱量で取り組めているか。日本一までは考えずとも、ラクロスをのんびりやりたいという仲間がいたらそれを見放さずに向き合うことで全員同じ方向を向けているか。スタッフがプレイヤーのためにしてくれたこと(ボトル出し、テーピング、ビデオなど)に対して毎日感謝を伝えているか。それらのリスペクトをもつことで日々の練習の質は格段に上がります。いま、少しでも変わりたいと思えているのなら、臆さずに一歩踏み出してみてください。
「共に歩む人」というのは、部員だけでなくもちろん保護者の方々やOBOGの方々などたくさんあてはまります。そして新入生にこそその言葉は強い意味を持ちます。
新歓ではいろんな一年生に声をかけまくると思います。ラクロスはカレッジスポーツなので魅力を伝えるにはその方法しかないのでそれは継続してください。そこで興味をもって入部を決心してくれた子にはその後もしつこくこのスポーツ、このチームの魅力を伝え続けてください。「とりあえず〇〇人いけばいっか」ではなく一人一人と向き合って欲しいです。もちろんすでにしてるよって感じだと思いますがそこには大きな責任が伴うことを理解しておいてほしいです。人生に一度しかないであろう大学4年間をどのように過ごすのかは自由で、むしろラクロスなんて聞いたことない人からしたら選択肢にすら挙がらない。そんな中勧誘をし、本人の意思を変えた時点でその新入生にとっては大きな人生のターニングポイントになっています。それはみんなも同じだったと思います。サークルよりも交流関係は密になり、生活習慣は大きく変わります。いろんな人と関わることで就職先にも大きく影響が出るでしょう。これは途中で退部を決意する部員にも当てはまると思います。金銭面、人間関係、モチベーション様々な理由から退部を決断してしまう彼ら彼女らは、部活に所属していた期間が長ければ長いほど次のコミュニティでの関わり方が難しくなってしまいます。もしかすると初めから別の団体に所属していた方が本人にとっては充実していたかもしれません。しかしそんなことはやってみないと誰にもわからないことなので、まずは入部してもらえるように魅力を伝え、その後はさらにうちの深い魅力を余すことなく伝え、ラクロス沼にハマらせるのが最も効果的でしょう。最初はどんな理由でもいいです。「就活に強そうだから」「朝練がちょうどいいから」「ただおもしろそうだから」どんなきっかけであれプレーしていくうちに、確実にハマっていく、ハマらせる自信があります。そのため退部というのは我々上級生の責任だと思っています。「このスポーツの魅力を伝えきれなかった」「みんなが活動しやすい環境を作れなかった」そんな風に退部者が出る度に感じていました。これまで退部の決断をした人たちには申し訳なく感じています。(特に幸路、紳吾はまだあきらめてないよ。これを読んでるかわからないけどお前らまだラクロス好きだろ。それだけで戻ってくる理由には十分だよ。二人の力が必要。真剣に考えてみてくれ。)
だからこそ、今後も新入生には人生を変える責任を感じながら、ともに日本一を目指してくれるよう想いを伝えてあげてください。
二つ目は、活動理念「憧れのチームに、そして人に」を今後も大切にしてください。
この理念は昨シーズン修吾さんが考案したもので、どのような経緯で考えられたかは私にはわかりません。ただこの理念のおかげでチームの意識は確実に変わったと思います。私もこの「憧れ」という明確なゴールがあったからこそ、組織運営の際ブレない一本の軸を基準に物事を進められました。保護者会はまさにその例と言えるでしょう。昨年初めて保護者の方々との交流を試みた「父母会」はリーグ戦期間に行われました。リーグ戦や入れ替え戦に向けての練習時間確保による外部グランド用の資金集めを目的としたものです。修吾さんやハルさんのプレゼンのおかげで皆さんからご理解いただき多くの支援をしていただきました。ですが中には厳しい意見もいただき、それらはこれまでの私たちだけでは到底たどり着くことのできないお話ばかりでした。学生の運営による未熟さを感じました。
その後自分たちの代になることをきっかけにいろんな大学に制度や組織体制について聞きました。自分たちより人数が多くまとめることが難しいであろう一部上位校はどのように運営を行っているのか、参考にしたい気持ちと純粋に興味がありました。そして保護者会において私が出した結論が「私たちの活動をより知ってもらう」ということです。
これには「試合のスタンドを埋めたい」という想いと「全部員がのびのびとプレーできる環境にしたい」という想いがありました。
従来のように一回ぽっきりの説明会から資金を要求することは不信感にもつながりますし、何より本気度が伝わらないと思いました。そのため月末の活動報告を毎月発信したり、試合や地域貢献の度に報告をすることで私たちの活動をより知っていただきたいと思いました。加えて見学会や説明会、懇親会など直接的な交流も増やしていきました。そうすることで私たちの活動に興味を持っていただき公式戦に足を運んでいただけるようになったと思います。会場からたくさんの歓声が聞こえることは選手として非常に力になりますし、精神的にも「こんなにも味方がいる」という安心感を持てました。
そして保護者の方々に寄付金を募ることも辞めました。これも他大学の話を聞くうちにその方が良いと感じました。もちろん寄付に対して協力的な方々もいらっしゃって、それは大変ありがたいことです。ですが多くの人はそうではないでしょう。ただでさえ費用の掛かるラクロスというスポーツで今度はチームにまでお金を吸い取られてしまっては納得できない方もいるでしょう。それよりも、いまだに親御さんから応援をされずに自身の力だけで部活を続けている部員が何人もいます。私は、両親ともに応援してくれているのでいろんな面で支えられています。ですがそれでも苦しいです。金銭的にも、食事面でも。そう考えると独りでも奮闘している部員の負担を少しでも減らすべく保護者会というものを設立したいと思いました。チームへの支援よりも、まずは自身のご子息ご息女への支援を満足にしていただけるようにこちらの活動を開示していく必要があると感じました。
この活動を通して保護者の方が自らメガホンを作成して下さったり、差し入れも毎回持ってきてくださったりと結局は皆さんのご厚意に頼りっぱなしでした。本当に感謝しかありません。みんなは来年以降さらに多くの人を巻き込めるよう、校外の方たちとの交流を大切にしてください。
長くなりましたが、最後にメッセージを。
1年生へ
まずはこんなにも入部してくれてありがとう。そして三度の関宿を乗り越えサマー準優勝したのは本当にすごいです。スタッフも熱量あって、実力もメキメキ上がっているのをたまにビデオ見てすごく感じています。学習院を背負って戦う上で何も心配はないです。強いて言うなら、生活面。何度も注意をしたと思うけど、このままじゃ後輩になめられるし、応援してくれる人も減ってきてしまうよ。それはとても悲しいので、そろそろ心入れ替えて、まずはウィンター優勝してそのまま全国制覇してくれるのを期待してるよ。ウィンターまでは一年練何回も行くつもりだから、一緒に佳佑を泣かそう。
2年生へ
人数少ない中よく頑張った。来年からは主力になる分、人数を言い訳にしてしまうかもしれない。けどそれは決してしないでほしい。少ないからこそできることがたくさんあるよ。それはやりながら探ってみて。他大でも同期プレイヤー3人とかでもファイル4進んでるとこだってあるから。自信もってがんばれ。太智、考えすぎるなよ。ラクロスは楽しいぞ。
3年生へ
これまで着いて来てくれてありがとう。みんなのおかげでつま恋も、スーパーカップも優勝出来た。来年に関しては技術でも組織でも何も心配してない。それくらい頼りになる存在です。リーグ戦も、ファイナルも必ず観に行くのでスタンドは任せてくれ。
楽しみにしてるよ。
同期へ
君たちのせいで大変でした。金を言わないと返さないゲームキャプテンや寝坊ばかりの副将、後輩をワンチャン狙ってる副将に、字の下手くそな主務、レスポンスの遅いディフェンスリーダー、文句言い始めるとねちねち止まらないディフェンス幹部とキレ症のオフェンス幹部。挙げ出したらきりがありません。君たちがそんな感じなのは前から知ってたし、それをわかった上で俺が主将をやりたいと思いました。君たちのことが好きなので。君たちにはたくさん笑わせてもらったし、楽しい思い出も数えきれないほどもらいました。だからこそ俺がみんなの役に立ちたいと思って今シーズン取り組みました。最近になって「よしき大変そう」とかよく言われるけど、ぜんっぜんです。練習後の皆の楽しそうな顔を見れるなら俺はぜんっぜん苦しくありません。むしろ性格上楽しかったまである。でも最後ここで勝たなきゃ意味ないので、全員で「史上最強の代」と呼ばれるにふさわしい試合にしましょう。
颯之介、太陽、航へ
最後まで支えてくれてありがとう。特に夏合宿では本当に迷惑を掛けました。網戸と早稲田クロスさえなければ完璧でした。たまに他の奴らがお前らの仕事量少ないいじりしてたけど、それを聞いて俺が一番ムカついてました。だってお前らが頑張ってることを知ってるから。他の奴が何と言おうと、俺は三人に感謝しています。ありがとう。
四皇飲みやりましょう。
ハルさん、大介さん、大見さんへ
一年次は皆さんのおかげでラクロスの魅力を知ることができました。本当にありがとうございました。
ハルさんのおかげで社会に出ても大抵の上司とは渡り合える自信があります。仕事人川田凌モードの時は本当にかっこよかったです。育成が終わってからもOBとして毎回気にかけてくださってありがとうございました。
大介さんは人生の大事な瞬間を互いに共有できたのが一番の思い出です。ラクロス以外の人間性の部分で本当に多くのことを学ばせていただきました。結婚式呼んでください。
大見さんはそもそも育成に関わってくれてありがとうございました。大見さんが実際に練習入ったりするとその強度が凄まじく、いつも勝ちたいと思って、より練習に身が入りました。「グリの大見」この選手は一生応援し続けます。全日で勝ったら告白しましょ。
大稀へ
俺の次が大稀で良かった。安心して引き継げるよ。主将しんどいかもしれないけど、そういう時こそじゃんじゃん周り頼ってな。特に主将の悩みは同じ主将が一番わかるから。去年修吾さんにそう言われたから俺は遠慮なく相談したし、してよかったと思う。一部のステージを存分に楽しんで。
修吾さん
東大戦後、あの時涙を流さずに最後まで主将の責務を全うしていた修吾さんの背中はめちゃくちゃ大きかったです。最近その話をして、「絶望しすぎて泣いてなかった」と言っていましたが、一番泣きたいであろう時にも私たち後輩の背中をさすってくれたのは忘れません。今年はちゃんと嬉し泣きしてもらいます。
家族へ
まず大学までスポーツをさせてくれてありがとう。自分一人では何もできませんでした。主将の親ってことで普段前に出ないのに無理にプレッシャーをかけてしまったかもしれません。家でも、飯をたくさん作ってくれたり、洗濯物も多くなり、防具部屋干ししてる時匂いがきつかったり。たくさん迷惑を掛けました。その分最後は勝つので、あなたたちの息子が活躍する姿を親戚に自慢してやってください。これからは受けた恩をそれ以上にして返していきます。本当にありがとう。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。少しでも私の想いが誰かの頭の片隅にでも残ってくれることを願っています。こうやってブログを書いていて思うのは、やっぱり私はみんなのことが大好きです。こんなにも素晴らしい集団の主将を務めることができて幸せでした。
私は、もし一年生に戻れたら、必ずもう一度ラクロス部に入るでしょう。
次はロングやろ。
待っていろよ、RAPTORS。


