【引退ブログ】4年副将 辻村颯之介

日頃より学習院大学ラクロス部男子の活動にご支援、ご声援をいただいております、保護者の皆様、OBOGの皆様、学校関係者の皆様に、この場をお借りして感謝申し上げます。
今後とも変わらぬご支援、ご声援のほどよろしくお願い申し上げます。

本年度副将を務めておりました、4年DF 辻村颯之介です。

たまに聞く「いざ書く側に回ると思いつかない」という現象がないくらいに充実した、そして自分の人生を変えてくれたこのラクロス部での生活をこうして形として残せることを嬉しく思い執筆していこうと思います。

細かく振り返って書いたので相当長く、そして拙い文章ですが、最後まで読んでいただけたら幸いです。

それではここから本編です。


4年間の振り返り
1年
飛び抜けた個性が集まる学習院高等科を卒業し、部活に入る以外なにも決めずに色んな新歓を回っていた僕がラクロス部に入部を決めるまでそう時間はかからなかった。
歩いていると自分の視野外から声がかかり、周りを見渡しても人が見当たらないと思ったら、想定のさらに下に美奈子さんがいた。この人の圧倒的明るさと上目遣いに負けてグラウンドでの体験会に行った同期・後輩は数えられないレベルだと思うが、自分もその1人でまんまと連れられグラウンドに行った。そこには日本代表の漢・たむにぃがいた。日本代表に「努力次第で日本一、日本代表になれる」と聞き、大学生活懸けるならここしかないと思い、アメフトのFRIDAYS新歓にしっかり参加してからすぐ入部届を出した。一緒に新歓を回ってた太陽とたくむ、今はオランダの江口、他にも個性強めで本気の目をした同期にも恵まれた。(ちなみに最初よしきは、「お前らと俺は高校の部活の本気度が違うからな」みたいな感じで冷めた目をしてきて仲良くなれないと思ってました。)
練習が始まったが、コロナで授業がなかったこともあり、恵比寿の高架下や二子の壁に毎日4〜6時間くらいいた。練習すればするだけ上手くなるビギナーズラックタイムが楽しくてたまらなかった。蔵部がいまだに「お前のピーク」だといじってくるうりぼうでは、コーチ陣のスペシャルチーム相手に全員ぶち抜いて点を決めたりもした。あそこで出会った他大の友達や”色々”ヤバいじゅんぽさんとの出会いや、なにもかも全てが自分のラクロス欲を加速させた。夏になって日の出が早くなってからは、5時過ぎの始発の前に壁当てできると気付き、4時に起きて駅の壁で壁当てをしてから練習に行くくらいハマっていた。夏合宿前から呼ばれた上級練では、知久vamosニキと一緒に訳の分かっていないゾーンもやって順調だと思っていた。
そんなただ楽しかっただけの自分に転機が訪れたのはサマー終わりだったと思う。ある日トイレで個室に入ってた時に先輩達の会話が聞こえた。

「そうのすけ、まあキャラで成り立ってるだけで1on1は雪太郎の方が上手いからな。試合じゃ使いづらい。」

自惚れてた。ユースに入ったとか、ボックスに入ってるとかで勘違いしてた。1部で闘う先輩達のレベルには到底及んでいなかった。
ここから意識が変わった。梅さんオススメのNCAA視聴も今以上に沢山してたし、最近マラソンばっか出てるおっかない綾瀬さんにも色々聞くようになった。なにより、より考えてラクロスするようになった。よく試合想定してやろう!とか、どう考えてのプレー?って言っちゃうのはこの頃についた癖だろう。

その甲斐あってか、冬恒例の地獄アジリティも耐えて迎えた年末には貴也さんからLINEで「このまま行けばJAPANも見えるな。」と言っていただけた。

まあ、えいちの大好きな”50m計測肉離れ大泣き事件”が起きてその夢が遠くなるわけだけど。

2年
長すぎる、そう思ってますよね。ご安心ください。ここからはもう少し短めにいきます。

怪我が明け、ラクロスともう1つの目標の為に向かう留学までの日々は本当に楽しかった。”トラックにぶつかられたのに、トラックが凹んで自分は無傷だった地元にワルの多い”たかしさんを始めとする2個上の代に丁寧に教えてもらい、スクスク伸びる自分の上達を実感しながら旅立った。
留学先のドイツでもラクロスをするべく、住む街の近くで探すと、昨年度国内選手権を優勝した社会人チームがあった。そこにアポを取りトライアウトを受け、無事に合格。週に3回、片道2時間かけて行き、深夜1時に帰宅する練習スケジュールが始まった。練習が始まり、スクスク上達していたはずの日本人青年は社会人チームでボコボコにされた。通用するのは日本のスピーディーなラクロスで培ったアジリティくらい。209cmのATにプッシュした時に接点が向こうのお尻で、上から縦振りスタンシューを決められた時は流石に笑った。(多分俺のプッシュが高くなったのはこいつのせいだ。)
が、そんな時にまたも転機が訪れた。12月に来たU20ドイツ代表トライアウトの案内だ。選ばれると、来年の7月に開かれるヨーロッパ選手権にドイツ代表として参加できるのだという。訳のわかってない案内だったが、ノンパスポート選手外枠というものが存在しているらしい。条件は、「直近5年間で2年間ドイツに在住していること」。高校でも1年間ドイツ留学していた私は条件を満たしていることがわかり、迷わずトライアウトに参加した。99人のドイツ人と1人日本人、計100人で始まり、6ヶ月間の選考を経て合格するのは22人。自分の主な課題は、圧倒的な身体能力の低さ、チーム戦術への理解不足だった。これらの課題を解決するために行った取り組みは、主に2つ。まず1つは、食事、筋トレ、自主練の徹底管理。1日の摂取カロリーや栄養バランスを一度算出し、期ごとの体重目標を立てて食事量、内容共に記録した。鶏肉、たまご、ブロッコリー、etc..と毎食同じメニューをとんでもない頻度で食べているためすっかり常連になった寮の近くのスーパーでは「Sonoボタン」まで作っていただけた。「お前を応援する」って言って、どんなに物価が上がっても、毎回そのボタンを押して32.66€の支払いにしてくれた。それ以外にも、強く速い体を作るべく、チームのトレーナーと共に、筋トレ・自主練の頻度やメニューを改訂し、それを記録する事で徹底管理した。2つ目は、コミュニーケーションの量を増やす事だった。日本とチーム内の共通認識や戦術が違うドイツのラクロスに適応するべく、コーチやチームメイトに練習毎にフィードバックをもらい、認識のすり合わせを行い続けた。そうして最後に残ったビザ問題もクリアし、ドイツ代表に選ばれた。

3年
すみません。ここからは本当に短く書きます。

色んな方に支えてもらって代表に選ばれたが、練習中に事件が起きた。

「ブチッ」

あ、やばいと思った。膝に走る激痛、力が入らない、泣くほど痛い、でもなにか分からない。文字通り泣きながら足を引き摺って寮に帰宅して、綺麗なイタリア人フラットメイトとパスタを食べてる時に限界が来た。感覚がなくなり、立ち上がれなくなって救急車で運ばれた。が、対応は緩和注射とサポーターの支給のみ。そこから自分で街の整形外科の予約を取らなければならなかったが、紹介状があっても予約は1週間後、ただ仰向けになって生活してた。診断では、MRIやCTの検査をする為に1週間待てと言われた。さらに結果が出るまでそこから1週間。
もう足の動かし方が分からなくなったくらいで出た結果は、前十字靭帯損傷。後十字靭帯と半月板もおかしいらしい。手術しなければならないと言われたが、リーグ戦含め試合が迫っていた為リハビリでも復帰できないかと懇願してリハビリ復帰を目指した。最終的に先生の要看護のおかげで復帰でき、出場したヨーロッパ選手権は4位入賞。「Lacrosse makes friends 」という言葉通り、世界中にラクロスを通じて友人ができた最高の経験だった。

が、膝は限界。個人としては痛みに耐えてプレーする中で、自分の満足できるプレーは出来なくなり、この時期から露骨に足が出ない事が増えてきた。

そんな中帰国した。時差ボケなんて気にせず帰国翌日から向かった合宿では、日本の暑さとスピード感に完敗。でも浅野さんが来て一新されたDFは学ぶものが多くて、とにかくラクロスが楽しかった。千葉戦が終わったあたりからスタメンに定着し、着実に入れ替え戦に勝ち進んだ。

そしてその入れ替え戦が3年生での転機だったと思う。

相手は東大。過去入れ替え戦に来たことのない名門だったが、対東大用のゾーンは完璧だったし負ける気がしなかった。
が、俺のせいで負けた。オーバータイムでボールを取りに行かなくちゃいけない状況で、体力切れ。ダブルをミスって決められた。自分のせいで、俺にずっと声をかけてくれた徳田と紘太の4年間が終わり、自分達で立てた日本一の目標を達成する術が消えた。
紘太に全体飲みで「ごめんな」って言われた時に涙が止まらなくなった。最後まで気を遣ってくれる姿を見て「俺のせいなのに。」と悔しくてたまらなかった。と同時に、2度と同じ思いをしないように、次はチームを勝たせられるような、試合後に先輩達に笑ってもらえるような、そしてなにより後輩達を泣かせないようなプレイヤーになろうと思った。

元々メンタルは強く、悪いことが起きた時の切り替えは早かったし、1番の戦犯がクヨクヨしてられないと思い、すぐ切り替えた。
そうして良いことも悪いことも声を出しまくるうざいくらいにうるさい4年生を目指した。

4年生
もう短く書くのは諦めます。

そうして始まったラストイヤー。
走った。冬の1km×3もクーパーも、東大戦を思い出して走った。蔵部の好きなティラノ走法で最後はりょーとよりもレオンよりも走った。記録にも徐々に反映してきたし、夏に走らされ続けたラントレでも、秋の20分間走でも、毎回記録を出し続けることを意識した。
1on1は春先から色々試して1回も勝てない地獄の時期が続いたがそれでよかった。全部試した上で自分に合った勝てる形が最後には見つかった。と思う。

副将としても少しだけ書こうと思う。多分自分は副将として副将らしいことは特に出来ていない。OB会から保護者会からグラウンドから何から何まで組織のことをよしきに頼りっぱなしだったと思う。部則の最重要項目となったメジテラ睡眠禁止令も、施行前に1番寝ていたのは自分だったし。した事といえば、新歓長としてロープレまでして40人を超える元気な、いや元気すぎる1年生の入部に携わった事と、プレゼン力を活かしてスポンサー費をいただいてきた事の2つが大きなことだろう。
ただ、ずっと意識し続けたのは、うるさく、とにかくとやかく言い続ける事。うるさくしたし、ほんとにうるさかっただろうし、夏の暑い日にせいたがよく言ってきた通り、うるさすぎてうざかったと思う。それでも最後に勝敗を決めるのは日々の小さなこだわりの積み重ねだし、そこに対する自信がチームとしての強さになると思ったから言い続けた。グラボもなにも、意図のないプレーと変化のない弱気なプレーには強く言い続けた。せいた辺りにこの役目は引き継ぎたいな。

話はチームに戻して、それが伝播してお互いに言い合えるようになったからか、DF組織として強くなったと思う。クリアも、ゴール前のグラボも、オフボールも、声かけも。けんしんと新見が言い争ってるのを見て呆れてたが、そのくらい言い合える関係性になれたことに嬉しさすら感じた。雪太郎が言う通り、この1年間で築いてきたDFは家族だと思う。1人1人の気遣い、声かけが勝敗を分けるはず。
最後、みんなで笑って本島の頭をぽかぽか叩けるように死力を尽くそう。

さて、最後に。何度目かの文章ですが、いつものをここにも書いておきます。

「負けて得るものがある。」
これは僕の1番嫌いな言葉だ。なぜならこれは敗者の言い訳であるからだ。そしてなにより、勝負の世界でこれは通用しないと思っている。
確かに負けることで得られるものは多いと思うし、練習試合で負ける度でチームとしての強み、そして弱みがはっきりと分かり、全体の意識がまた一段と上がるだろう。
が、、、こう言っている間は本当の意味で強くはなれない。
なぜなら、「勝った時にしか得られないもの」というものが確実に存在するからだ。それは1部昇格や周りからの賞賛、羨望の眼差しといった目に見えるものもあるし、自信、周りへの影響力といった目に見えないものであるかもしれない。

俺は、その全部がほしい。
勝者にしか見えない頂の景色を見てみたい。

幸い、2025Phoenixはそれを叶えられるだけのメンバー、要素が揃ったと思う。
OFはもう誰にも止められないゲームキャプテンを筆頭に、キレッキレの裏キャラも、クリースの王様も、打ちゃ入る両翼、いや両玉も、お酒強い蔵部もいる。DFは家族として間違いなく強固な関係を築いてきたし、無理ゲーだろって思うクリア練もやってきた。なにより、誰よりもチームを考えてきた主将が作ったこのチームはスタッフ、コーチ陣、保護者の方々やOBの方々、過去のどの代よりも多くの方に支えられ、試合中にも進化をし続けるだろうという自信がある。

だからこそ、出来ると思うからこそもう一度だけ言う。

俺たち全員で、頂からの景色を見てやろう。
関東中を驚かせて俺らの存在を知らしめよう。
ここにいる最高のメンバー全員で。

「どこまでもベストを尽くせ。」

それでは、感謝コーナー。

ハルさんへ
ここまで出てこなくて焦ってたでしょ。出ないことなんてないので安心してください。大学4年間で出会った人の中で1番出会ってよかったと迷うことなく思える人です。レベチで頭おかしいし言動キモいけど、仕事モードの時は真面目だし、HCで試合負けたら本気で泣きじゃくってるし、そのアツい姿勢に魅せられてたんだと思います。多分出会ってなかったらここまでラクロスにハマってないし、楽しい大学生活になってなかっただろうし、、まあ感謝してもしきれません。将来俺が有名になって「あなたにとって1番のコーチは誰ですか?」と聞かれたら、胸を張って「川田凌」と答えます。入れ替え戦、ハルさんから受け継いだ背番号10番が輝く姿を見にきてください。そしてこれからもずっとよろしくお願いします。

大介さん、大見さんへ
この流れで育成コーチ。この2人がこれまたとーんでもなくきっもいんだよなぁ。でも大介さんに「サマーで頭良かったのはそうのすけだけなんだよな」って言われたのが、今の自分のスタイルに繋がってるし、毎日何時間も俺たちと一緒にビデオ見してくれたおかげで強くなれました。ありがとうございました。あれ、4個差なのになんで一緒にいたんだ?大見さん、多分大見さんたまに俺に引いてますよね。大見さんほどやばくはないんで落ち着いてください。入れ替え戦、俺のスライド技術見てくださいね。

梅さん、浅野さん、あぜさんへ
梅さんに入部して少しした時に「壁当てのコツは?」って聞いたら、「あ゛?あー感覚」って言われた時から今に至るまでそこまで距離感が縮まった感はありませんが、毎回いじりを適度に流してくださりありがとうございます。
浅野さん、合宿の初対面でド派手に登場した時に心を掴めた気がします。明らかにDFが上手くなったのは浅野さんのおかげです、ありがとうございました。ど変態お兄さんモードはほどほどに。
あぜさん、試合前に「緊張してる?」って聞いてくれるの最後まで継続してください。まあ俺は緊張しないタイプなんで、圧巻のプレーを見せますよ。

貴也さんへ
怪我ばかりの俺を支えてくださりありがとうございます。JAPAN狙えるって言ってくださったのに他国の代表になってしまいました。厳しくも優しい貴也さんが大好きでした。が、最近優しい面が強めすぎるんで、来年以降はまた厳しくしてやってください。貴也さん、あいつら後輩達全然足りてないっすよ。

モ◯ルレスへ
本当に人間として将来が心配な方々。だけど最高の先輩たち。しょまたんも徳田も沢山可愛がってくれてありがとう。これから引退したらどこへでも飛んでいくから期待しててね。かすみ、、、なに書いても色々怖いし、よし、次。

レオ
後輩DF陣へ書こうとしたけど、雪太郎が書いてるからやめるとして、でもお前だけは特別なので書きます。
出会ってから9年間、こんなに長くなるとは思いませんでした。いつもダル絡みかつ先輩ハラスメントというのを受け続けてくれて、いや交わし続けてくれてありがとう。俺にとって1番の後輩です。自覚してるとは思うけど、来年のDFは間違いなくお前が引っ張ることになります。後輩達を見捨てず、諦めず、どんなに苦しくてもコミュニーケーションを取り続けてください。いつもふざけてるし頑固な一面もあるけど、根が真面目で、芯があるタフな男だと思ってます。期待してます。高等科サッカー部への新歓も忘れないように!

せいたへ
お前も大事な後輩なので書きます。こないだの新歓で飲みながら泣いてしまったけど、あの時伝えた通り、お前をこの部に入れたことが俺の新歓史上最大の功績だと思ってます。入ってきてくれてありがとう。そして来年の学習院OFをよろしく。多分お前の大学生活で良かったことランキングの第7位くらいにも「俺と出会えたこと」が入ってると思うよ?

スタッフ、特にトレーナーズへ
高校時代、自分でマーカーを置いてストップウォッチを片手に練習していた自分にとって、マーカーを置いてくれたり練習時間を管理してたり、ボトルをくれるマネの皆さんには感謝が止まりません。あんまり直接言葉にすることもなければ、興味関心のなさげなタイプでしたが、常日頃から思ってました。AS、こちらは日頃からともひろをいじりながら伝えてましたが、TOランキングのおかげで毎日のモチベが保たれてたし、向上心が止まりませんでした。そして、怪我ばかりの自分を支えてくれたトレーナーズ。
まみ、毎日膝のテーピングを巻いてくれてありがとう。今日は何点?何点?っていつも聞いてくれて、俺のうるさい注文聞いてくれるおかげで怪我を気にせず最高のパフォーマンスができてます。入れ替え戦、100点のをお願いします。
塩地は、最近幸濃いめだな、良いことあった?

同期へ
ありきたりすぎるけど、この4年間、このメンバーでラクロスが出来てマジでよかった、最高だった。個性が強いからなのか、俺という人間を全部許容してくれるこの代じゃなかったら色んな意味で終わってた気がしてるし、ラクロスにアツくて、良いことも悪いことも、多分言っちゃいけないことも言い合えるこの同期が大好きです。
この代みんなが大好きな”勝ってからのどんちゃん騒ぎ”、やったりましょう。飲み会行くまでのムード作りとラブジョイのマイクは任せてください。バチバチバッチーバッチバチー!です。

よしきへ
毎回どっちが車出す?って話し合うのも、後部座席の後輩達全員寝た後に2人で部活の話するのも全部日曜で終わりだな。最初の違和感はすぐ取れて、うりぼうでの行きの会話から始まって、ずっとちょけ続けた遠征仲間だった気がする。副将として支えてあげられることはほぼなかったけど、サイドミラーばっこり真っ二つに折った時に腹から笑ってあげたあの一件とこころスナチャで送った一件でチャラでいいかな?あ、うん、調子乗りすぎたね、ごめんね。
主将は嫌われる、なんて誰かが言ってたけど、そんな事は断じてないと思うくらい、間違いなく2025PhoenixのMVPだし、みんなに最後まで愛される最高の主将だったよ。最後ゴール決めて、あのだっさいゴールパフォーマンスしてくれ!

雪太郎へ
留学中もずっとDF組織について話してたし、1年生の頃からずっと切磋琢磨してきたな。もう話さなくてもいいくらいクリースにいるとお互いなにしたいか分かるレベルな気がする。雪太郎がDFリーダーだったおかげで、個人も組織も最後まで伸び続けられたと思うよ。あ、お世辞ね。最後、けんしん、本島、えいち、としき、4年DFでチームを勝たせよう。あ、ちなみに今シーズンのTOランキング1位は俺だよ?

最後に両親
父へ
毎週末朝6時に朝の送り迎えしてくれたバディを含め、年中でスポーツを始めてから18年間が経ちました。サッカー未経験なのに砧公園で練習に付き合ってくれたり、試合見にきて「もっと小股で動いた方がいいよ」なんてアドバイスくれたりしたサッカー期も、(パパさん会がメインなんじゃないか?と思うけど)ルールもわからないラクロスにどっぷりハマって出張から直接でもなんでも毎試合見に来てくれる今のラクロス期も、本当に感謝しかないです。試合前に足を動かして、泥臭く、バディっ子として最後まで諦めずにベストを尽くします。毎月シャレにならない部費・テーピング代生活もこれで終わりですが、プライベートの社交費はもう少しスネをかじらせてもらうのでよろしくお願いします。

母へ
ここまで健康にスポーツをし続けられたのは本当にママのおかげです。この世で見たことないくらい忙しく、世の為、人の為に忙しく働いてる姿も、死ぬほど忙しいのに毎食健康に気を遣った美味しいご飯を作ってくれる母としての姿もずっとかっこいいと思ってます。ここまで作り上げてもらった身体で最後まで闘うので見ててください。あ、最近ちょっと言う事聞かなくてすみません。引退試合終わったら部屋の掃除から始めて諸々手伝います。

さて、前置きしてたとはいえ特に面白みのない文章で長くなりすぎてしまい申し訳ありません。
が、入れ替え戦に来ていただければこのブログの文を補ってあまりあるくらい面白く、感動する、盛り上がる試合をお届けしますので、是非会場にお越しください!

やるよ!

副将
辻村颯之介

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